2013年03月09日

そう言えば・・国保病院

先日、国保病院の非常勤の先生のことを書きましたが、非常勤のお医者さんは海外に勤務されているかたも斜里の病院に来てくれているのだそうです。アメリカとイギリスとドイツから。
どんなつながりで、海外勤務の方が斜里町の病院に来てくださるのかわかりませんが、ちょっと驚きました。長期で来てくださる先生用に家財を用意した宿舎を確保しているそうです。
ずっと、非常勤で斜里の病院に来てくれている先生もいるのでしょうか。どれくらい長く来てくれているのでしょう。

今日、11日月曜日の一般質問の整理と調べることがあって、ノートのメモをめくっていて、自分でメモして大切なことを忘れていたことに気がつきました。議会前に事前に議案関係の説明を受けた2月20日にあった会派説明のメモです。

現在、内科に勤務されている先生は「一年間はいてもらえることになっている」と「臨時の先生には継続をお願いしているけれど、流動的」そして「4月以降は22年体制に戻ることもありえる」
で、「非常勤の応援を受けながら対応していく」とありました。

これは・・・22年体制って・・
しかも、一年間はいてもらえる・・ってことは、来年は辞められるかも知れないと言うことではないでしょうか。
と言う事は、これは大変なことになります。

12月に辞められた先生や、昨年3月に辞められた先生も、詳しい理由は良くわかりません。
思うのですが、町はしっかりと病院の先生たちと話を、会話を、コミュニケーションをとって、なにか問題がないのか、安定して勤務してもらうには何が必要なのか、どうすれば良いのか、対応や対策を(とってはいるのでしょうが・・・)進めて欲しいと思います。

病院の問題は、一件落ち着いているように思っていましたが、依然としてやらなくてはならないことはたくさんあり、そんな中で私たち町民は、そして議会はどうしなければならないのか・・考え、動かなくてはならいのではないだろうか?
そう、思いました。

さて、ウトロ地域で明日(10日)に予定されていた「雪と楽しむ会」は天候のために中止になりました。
でも、今、これを書いている現在(9日午後11時)、外はとても静かです。明日はどんな天気になるのでしょう。
予報や情報をしっかり確認して過ごそうと思います。
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2011年03月01日

うれしいニュース!

今日、総務文教常任委員会で副町長から報告がありました。
国保病院の常勤の内科医師が決定したそうです。「よかった!」です。
現在も非常勤で来ていただいていた佐藤医師だそうです。

昨年の4月のブログで(確か4月3日)あまり病院にお世話になったことのない自分の国保病院での診療のことを書きました。その時に診察してくださったのが佐藤医師でした。そこで、私は先生に質問をしました。
「こここなら!と」2010年4月3日のブログです。良かったら読んでみてください。

きっと、ここ斜里にやりがいを感じてもらったのだと、そして「その場所を決める時に」斜里は先生の選択肢のひとつになったんだと思うと、とても嬉しく思えました。
さまざまなつながりが、この結果を生んだのだと思いました。
私たちの町の病院として、まだまだやらなければならないことはたくさんあります。そして、病院に対する私たちの在りようも考えて行かなければなりません。
町の病院を大切にしていきましょう。

 IMG_9277.JPG
 知床連山の朝
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2010年08月03日

あ・・訂正されました

8月1日のブログで、病院のホームページについて書きました。

その後、「桜井さん、変わったよ」というメールをいただきました。見ると、生活情報から入っていく以前の「病院」のページが新しいホームページにリンクされ直されていました。やろうと思っていた時だったようです。

これまで掲載されていた旧ページの内容で必要なものは、新しいページにどのように反映されるのでしょう。たとえば、「地域医療協議会」などのページへはどこからリンクされるのでしょう。
合地先生の着任のご挨拶なども、新しいページあると良いと思うのですが。

先日、パソコンを購入されたお宅へおじゃました時に、町のホームページを開いて情報を見る話をしましたが、思った以上に活用されている人が多いのだと思いました。
月に一度の広報では掴みきれない情報という点では有効な手段だと思います。

いくつかの自治体では「ツイッター」も情報伝達に活用している町村が増えています。ナンでも活用すればいいと言うものではありませんが、でも、私たちの町にとってできるだけきめ細かな情報の発信をするためにはどうすれば良いのか、通信インフラの整備と併せて、しっかりと取り組むときではないでしょうか。

私は斜里町はかなり、出遅れていると思っています。

でも、逆にいろいろ積極的にトライしている自治体の経緯をふまえることができるということでもあるわけですから、とにかくこのままではいけないと思います。

地域医療協議会から提言を受けて新しく立ち上がったホームページです。ますます、良い情報を取り込んで発信していくようになって欲しいと思います。

 愛護カヌー
 愛護少年団お馴染みのゴムボート!
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2010年08月01日

あれ?病院のページが?

今年3月の議会で予算が計上されていました病院のホームページが7月21日付けでできあがりました。

・・う〜〜ん、今までとどう違っているのかなかなか分からない。
どうして、これまでのページを利用できなかったのでしょう?
たとえば、今までのページを開くと、重たい写真からはじまって、内容の余り充実していないページがありましたが、あの内容をしっかり制させれば良かったのではないでしょうか?
改めて作られると言うので、期待していたのですが。

そして、こんな声も聞こえました。「あたらしくなった病院のページで診療日を確認したんだけど、写真の先生はなんて言う先生なの?何科のお医者さん?」と聞かれたのです。「どれどれ?」と確認すると、なるほど、若い医師らしき人と看護師さんの笑顔の写真。「う〜〜〜ん、違うと思う。ウチの病院の先生じゃないよ」。

さらには、「新しくなんかなってないよ」という声も。
「え〜ソンなことないでしょ?」とよく伺うと、なるほど斜里町のトップの「目的からさがす」部分の「保健・福祉・医療」の中の「病院」をクリックすると、以前のページが(写真の重い)が開きます。

これから、さらに新しい情報が加えられていくのでしょうが、たとえば、以前このブログにコメントを寄せていただいた方のような要望なども、できるように努力して欲しいとお思います。

非常勤の医師の方のお名前も、診療スケジュールに掲載できないものなのでしょうか?この春に辞めて行かれた先生も、いつも「非常勤医師」という括りの中でわたしたちは見てきました。どうしても、私たち患者と医師の間の距離感が感じられます。

「優秀な非常勤の先生のおかげです。非常勤の医師の方に感謝します。」と、先のフォーラムの席で村田町長はおっしゃいました。ぜひ、「非常勤の先生」と呼ばずに名前を呼びたいと思うのですが。
他所の病院ではたいてい、医師のお名前はきちんと書かれていますから。

もちろん、情報の発信はホームページばかりではありませんが、しかし、情報のは心という手段としてその位置づけが大きくなっているのは事実です。インターネットは嫌いだ、という次元ではありません。
斜里町のホームページは、そうした「住民への情報発信」という位置づけから見ると決して「使い手のことを考えたページ構成」とは思えないものです。
また、これまでなんどか議会で言ってきた、提供すべき情報の整理も行われていません。

検診の統一化、福祉施設の情報提供、さらには3月で閉校になった学校をそのまま掲載したり・・更新されない情報欄など、たくさん「?」があります。
町民の使い勝手を一番に考える・・ことが大切だと思うのですが・・

みなさん、一度、斜里町のホームページをよくご覧下さいね。
情報発信にもしっかりと町のお金が使われているのです。

 7月
 町にも花がたくさん咲く季節です・今年はきれい。
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2010年05月25日

斜里の医療その後

 消防団
 春の消防団の訓練に参加してきました。
 訓練の様子を見せていただいていただけですが・・
 斜里小学校のグランドにて


喉元過ぎれば熱さを忘れる・・

類語には
「雨晴れて笠を忘る」
「魚を得て筌(うえ)を忘る」
「暑さ忘れれば陰忘れる」
「病治りて医者忘る」

なんてありますが、斜里町の病院問題・医療についての住民の不安は、なくなったの?だろうか。
まさに、類語の「病治まり医者忘る」だろうか。

幾人かのかたから・・「病院のお医者さんは、新しく来た合地医師が一人でもいいのかい?」と聞かれた。もちろんそれで良いわけはなく、内科医師探しは続いている。
少なくとも、私の知っている方々は、それぞれにわずかな繋がりを探りながら、医師探しを行っています。

今、町は何をやっているのでしょう?

3月議会で、病院のホームページを新しくする・・と言う計画で予算計上されていましたが、何をするための予算なのでしょう。現在のシステムの中で作り上げられるものではないのでしょうか?
掲示板や、投稿を設定するとは思えないし、いったいどんなホームページができるのか楽しみなのですが。だって・・問題は、ここ斜里町の国保病院はどんな病院で何をめざしているの、さらに専門的な設備を紹介したり・・で良いはず何だけど。
いったい、どこの業者にどれくらいの見積もり内容でお願いしたのか・・確認したいものです。
情報の発信は、いまや人。どんな立ち位置で何を発信するのか、その方向性が明確であれば・・充実するはずです。
現在の病院の職員でもできること。だと私は思うのですが。

地域医療協議会でも「ホームページなどで情報の発信を・・」とメンバーの皆さんが話したら、予算がかかる・・60万くらいかかるって言っていたそうだけど・・。
どんなコンテンツがあるのだろう?

そんなに大きな予算ではないから・・という問題ではなく、なにを、どのように発信するかという方向性が出せていないだけではないでしょうか。と言うことが不安。
いまある「国保病院のホームページ」の内容をしっかり構築し直すだけでダメなんだろうか?
みなさんはどう思いますか?

斜里町のHPのトップに、もう少し目立つようなバナー(見出し)を貼り付けて、リンクもしっかりすれば、それでよいはず。今回、ここの「新着情報」に合地先生の紹介と挨拶が掲載されていますが、とても良い感じです。他の先生たちの紹介や、非常勤医師の紹介もあれば良いと思うのですが。
みなさんはどう思いますか?

そうすると、「国保病院の医師の紹介」ってページを作ればよいし、町長が3月議会でも言っていた「基本方針とか理念」ってページを作れば良いだけのこと。
みなさんはどう思いますか?

たとえば、個人的に何名かの方々が、札幌などへ赴き、医師との繋がり、なくなりかけていたパイプを作ろうと、動いていたりしますが、この活動だって、すぐに成果が出るとは思えません。しかし、斜里という町を知ってもらいために、住民の医療に対する関心を知ってもらうために、とても必要なことだと思います。
しかし、その方々が動くための費用は自分で捻出しなければなりません。
これは、とても大変なことです。
地域医療協議会にしても、これだけの回数、協議会を開催しても委員のみなさんは全くのボランティアでの活動です。

その辺を含めて、やはり私が期待したいのは斜里町としての方向性です。
町だけではできないことも、住民参加で形になるはず。
「協働」という言葉を、間違えて使うと信頼関係が崩れてしまいます。

斜里町の医療環境・来てくださった合地先生の発信されたメッセージは住民にとってもとても心強いものです。そのためにも斜里町としてやらなければならないこと、昨年の6月のチラシからもうじき一年。

議会の担当委員会(産業厚生常任委員会)は、国保病院の先生との懇親会を開催するそうです。どのような話がされたのか、今後の方向性はどうなっているのか、議会としてこれからどのように関わっていくことになったのか?など、担当委員のかたに伺い、それもお知らせしたいと思います。

 消防団1
 消火訓練の様子です。放水ホースを使って。

その日の帰り、斜里以久科近辺の畑から水蒸気が昇って、それは幻想的な様子に思わず車を止めて写真を撮りました。宮内議員のお宅の近くの畑です。
すごい勢いで、水蒸気が立ち上るのです。
5月22日・時間は午後1時頃。

斜里の畑



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2010年04月24日

北海道の医師事情

今日、起きたらウトロでは雪が降っていました。
今はやんでいますが、今日も寒い一日。

夜は「ゆめホール知床」で西村由紀江のピアノコンサートがあるので聴きに行きます。

こんな医療関係の記事を見つけました。
長いけれど、こちらに引用します。読んでみてくださいね。

北海道・綱渡りの医師確保 羅臼以外も「常勤ゼロ」の危険
2010年4月23日 提供:毎日新聞社

 ◇羅臼以外も小規模自治体で「常勤ゼロ」の危険

 羅臼町で今月、常勤医が一人もいなくなる可能性が一時生じたが、道内の他の小規模自治体も綱渡りの医師確保を迫られている。道は医師派遣の協議会を設置するなどの対策を講じているものの、十分に機能していないのが実情だ。関係者からは、新たな医師の供給制度や、過疎地の医療に求められる「総合医」の養成を望む声も上がっている。
 ◇絶対数足りない/実態把握も後手/研修制度ネック
■「恐怖感じる」

 羅臼町国民健康保険診療所は、もともとは48床の入院病棟を持つ医療法上の「病院」だったが、過疎化などで08年4月から19床の「診療所」に縮小。医師、看護師の確保難から入院病棟は休止していた。町内唯一の医療機関で、09年4月から常勤医は所長のみの1人体制。その医師が今月18日で退職し、常勤医のいない自治体となる恐れもあったが、6月末までの期限付きで北広島病院前理事長の竹内實氏の赴任が決定した。

 心臓の持病で2週間に1回、羅臼町国保診療所に通っている同町富士見の福家(ふけ)義秋さん(84)は「医者がいなくなるということは命にかかわることで、切実な問題。地域住民としては恐怖を感じている。今回は(休診にならず)首の皮一枚つながったが、政府は地域医療についてもっと考えてほしい」と話す。

 こうした町村内「常勤医ゼロ」の危機は、羅臼町に限ったものではない。

 毎日新聞社の調べでは、常設の医療機関が1カ所しかない自治体は道内で少なくとも11町村あり、羅臼のほか豊浦、陸別、浜頓別、神恵内など8町村は常勤医が1人。豊浦町国保病院は60床のベッドを抱えるが、4月から常勤医は2人から1人に減り、週2日の非常勤医師を確保しても平日のうち3日を半日休診にせざるを得なかった。神恵内村の村立診療所は昨年10月に常勤医が退職し、5カ月間非常勤医師でしのいだ末、4月から常勤医を確保したばかりだ。

 ■派遣調整進まず

 こうした地域医療の危機に、道も無策なわけではない。自治医科大卒の道職員医師を一定期間地域に派遣したり、過疎地勤務を条件に奨学金を出すなど医師確保に取り組んでいるほか、04年には関係機関で北海道医療対策協議会(医対協)を発足させ、病院の要望を受けて札幌、旭川両医科大から必要な診療科の医師を派遣する調整をしている。

 だが医対協の調整では、10年度の22人の派遣要望に対し決まったのは4人。常勤医が1人になる豊浦町など3町も現時点では派遣できていない。道地域医師確保推進室は「医師の絶対数の不足や、医師の意向と合わないことが理由」と話す。

 また自治体内の医療機関数や常勤医数について、同室は「分からない」としており、実態把握でも後手に回っている。

 医師不足の背景には、臨床研修医制度が04年度に始まり、出身大学を離れて大都市の一般病院での研修を希望する新人医師が増えて大学病院が人手不足となり、過疎地へ医師を送れなくなった問題が指摘されている。

 竹内医師は「医師を地域に供給する制度をきちんと作るべきだ」と指摘。さらに「今の医学教育は専門医ばかり養成している。羅臼のような(広い知識が必要とされる)土地に行っても対応できない」と、十分なプライマリーケア(初期診療)能力がある総合医養成の必要性も訴えている。

……………………………………………………………

 ■道医療対策協議会による今年度の医師派遣調整結果

《札幌医科大から派遣》

          人数 診療科
今金町国保病院    1 (内科)
八雲総合病院     1 (小児科)
長万部町立病院    1 (内科)
幌加内町国保病院   1 (内科)

合計         4

《現時点で決まらず》

松前町立松前病院   2 (内科、外科)
木古内町国保病院   2 (内科)
市立小樽病院     1 (整形外科)
黒松内国保病院    1 (内科)
市立美唄病院     2 (内科)
市立赤平総合病院   3 (内科、整形外科)
豊浦町国保病院    1 (内科)
礼文町国保診療所   1 (内科か外科)
枝幸町国保病院    1 (外科)
斜里町国保病院    1 (内科)
町立厚岸病院     2 (内科、外科)
市立根室病院     1 (消化器内科)

合計        18

 チオノドクサ
 寒そうなアイフェイオン(ハナニラ)
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2010年04月08日

緊急性は、ない?

幾人かの医療関係の方と、お話ができたり、メールでやりとりしたり、友人に相談したりと、国保病院の常勤医師不足の現状について「斜里町では常勤医師がいないんです。なんとかならないでしょうか?」と言う話をしてきました。

しかし、現状は、まったく患者さんを診てくれる医師がいなくなるわけではなく、実際、3月18日で診療が終わった野津医師がいなくなった後も、非常勤の先生たちのおかげで外来診療も入院患者さんの診療も続けられてきました。
そして、4月5日から、合地医師の診療が始まったと聞いています。

病院があっても、医師が一人もいなくなる状態ではない、なんとか急場をしのぐ対応が国保病院ではできているのです。
ずっと、非常勤を続けてきてくださった栂嶺医師がブログで言っているように、議会でも「非常勤医師を配置して医療体制を作っていきます」と話していたように、斜里町にはたくさんの非常勤医師が来てくれています。

しかし、斜里町の病院運営は3名以上の内科常勤医師を確保して採算のとれる医療体制を作っています。

この状況でも、時間は過ぎていきます。どこで、町の病院の現状を踏まえた医療計画を立てるのでしょう。それ以前に、病院の再建計画をもっと明確に考えて行かなくてはならないのではないでしょうか?
「とにかく常勤医師が来てくれなければ何も始められない」と言われていますが、「とにかく・・」のリミットっていつでしょう。

とりあえずの緊急性はないかも知れない国保病院ですが、「なんとか・・」「とりあえず・・」の中で、ゆるやかに改善されていく性質のものでしょうか。
わたしは、とても不安です。
緊急性はなくても、私の中ではまだまだ危機的な状況は変わらないのです。

誰もが思っている「なんとかしなきゃ」を、形にできないもどかしさ・・多くの町民が感じているはずです。

羅臼町は、どうしただろう。

 
 いら
 議会レポート13号のイラストです。町の予算のイメージ
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2010年04月03日

ここなら!と


「報酬じゃないですよ。やりがいのある地域、それはたとえば、自分のめざす地域医療ができるだろうか?あるいは、風土、住民の気持ち、そして、やはり役場?の考え方。上手く言えないけれど、ここでなら、ずっと自分の役目としての医療活動を続けられる・・と言うことが、自分の居場所に選ぶ場所かな・・」

地域医療を志している、お医者さんはこのようなことを話してくれました。

あまり、医師との接点のない私にとっては、とても人間的に信頼ができ、医療というものをまじめに真摯に捉えている「あ〜本当に良い医師(せんせい)なんだ〜」と思える人でした。

そして、今は、そうやって医療活動を続けられる場所を探しているのだそうです。

「斜里町は、そう思える場所ではないでしょうか?」と聞きましたら、少し笑いながら「まだ、・・そう、今は」とおっしゃいました。
「もしも、その場所を決めるときに、この斜里の町が今のままではない、選択肢の一つに値する町に変わっていたら、斜里に来てくれることも検討していただけますか?」と伺いましたら「はい、もちろん」と答えてくださいました。

きっと、多くの医師がこのような人だと思います。そして、話していることは本当に当たり前のことだと思いました。
「ここなら!」そう思ってもらえるような町をめざしたい。本当に心からそう思いました。そのために、できること。

地域医療協議会も何をやっているのか見えない、と言われますが、本当に何度も集まり、さまざまな問題について整理しながら取り組んでいます。
中には、実際に医師招へい活動を行うきっかけを作っている方もいらっしゃいます。
やはり、斜里を「ここなら!」と思えるような医療環境の町にしたいと動いています。
議会も同じです。みんなとは言えませんが、こんな私ですら、つたない医療関係の繋がりをたぐり寄せてジタバタしています。

私たちの町の病院は誰のためにあるべきなのか?

先日、宮崎の着地型観光のモニターツアーの参加者に赤平市の議員さんもいらっしゃいましたが、やはり、斜里と同じ問題を抱えていました。
それぞれの自治体に見合った経営規模。当たり前なことですが、自治体だって破産します。その辺も考えていかなければなりません。

それにしても、お医者さん、そんなに足りないのでしょうか?
こんな記事がありましたので、コピーして貼り付けます。

      北海道・高橋知事 医学部新設の検討も

        2010年4月2日 提供:Japan Medicine(じほう)
 医師派遣や広域連携などの問題を協議する北海道医療対策協議会(略称:医対協、座長:高橋はるみ北海道知事)が3月29日札幌市内で開催され、高橋知事は「環境が整えば、新たなる医学部の新設ということも、道としても努力していかなければならないのではないか」との認識を示した。
 北海道内では、公立はこだて未来大(函館市)と、北海道医療大(当別町)で医学部新設への動きが出ており、当日の医対協でも、委員から「医学部新設への北海道としてのバックアップ」を求める意見が出された一方、首長委員からは「教員確保に伴うさらなる医師引き上げ」を不安視する意見も出された。
 高橋知事は、「賛否の議論はあるが、(道内の)3医育大学だけに頼るのも限界」と述べ、道内の3医育大学からの医師派遣が限界に来ているとの危機感を表明。その上で、引き続き深刻化している地方の自治体病院での医師数減少に対して、医学部定員増に加えて医学部の新設にも踏み込んだ検討も道として必要との立場を示した。
 道内の医療関係者の間では、他県と比較して医育大学の数が少なく、医師不足の1つの原因になっているとの意見は従来からあり、はこだて未来大のある道南地域や、道東地域にも設置して5大学体制にするべきとの議論が行われていた。知事の発言はこうした議論も踏まえたものとみられる。

 オキナグサ
 都井岬の御崎馬の生息地に咲く・オキナグサ
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2010年04月02日

どうして、こんなに

毎日のように、新聞や配信されてくる医療関係の記事には、医師が辞めてしまった、医師が足りずに体制が取れない、閉鎖しなくてはならないと言う情報が入ってきます。

羅臼町でも18日で診療所の医師が辞めることになったと、羅臼町の町長が発表しました。厚岸町立病院でも内科医師が不足するそうです。
かと思うと、秋田県の小さな村では65歳の医師が辞意を発表していたのを撤回し、もう一度村で医療を続けると言うニュース。
毎日のようにこのようなニュースを目にします。

どうしてこんなに・・なってしまったんだろう・

昨年の6月から、いえ、斜里町では慢性的に常勤医師が不足してその過重労働の改善に対し町は何もしてこなかった・・その結果が、今このようなことになっている。
確かに、そうなのですが。
今、町は、病院関係者は、町民は何もしていない?のでしょうか。
確かに、目に見える成果(常勤医師が来てくれる)はでていませんが、がんばって動いているのは事実です。
それも、町長だけに頼るのではなく、それそれが、とても真剣に動いています。
そして、その頑張りを見て、なんとかしてあげたいと言う人もいるのは事実です。
でも、では、斜里の病院に来てください、と言って「では、行きましょう」という医師が見つからないのも事実です。

常勤医師を捜してこなければ、病院の運営は立ちゆかなくなります。なぜなら、斜里町の病院は医師の数を確保することで成り立つ病院運営のプランがあるからです。内科医を3名必要とするプランです。同時に高齢者医療を少なくしていく計画で経営改善が図られているのです。

そもそも、斜里町にとってどのような医療環境をこれから求めていくのかと言うことが、まだ見えてきません。

お医者さんの確保もやりながら、同時に、斜里町の医療をどうしなければならないのか?その議論を始めなくてはなりません。でも、まだまだ動き出さない。
そこが、何もしていない・・と言われる所なのだろうか?

日常の診療は確かに非常勤の先生で回しているのが、現状。今も、そうだと思う。3月18日で野津医師の診療が終わり、4月7日に合地医師が赴任するまでの間は、外科の先生と非常勤の先生で診療体制を作ってくれている。

病院は誰のためのものだろう。

3月定例会で、町長が公設民営を断念して町営で継続することを明言したことを大いに評価すると言った議員さんがいましたが、そこだけが問題だったんでしょうか?
年間133億円の総予算の中で、これからも病院を運営して行かなくてはならないということは、このままでは難しいでしょう。持続可能な社会福祉体制を住民自らが考え、作り上げて行かなければならないときです。

もっと、どうすべきなのか、真剣に考えなくてはならないときです。

 鵜戸神社
 宮崎県・鵜戸神宮(海幸彦・山幸彦・豊玉姫)
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2010年03月12日

あきらめないぞ

以前、「あきらめない・地域づくり」ってフレーズで、フォーラムを開催したことがありました。詳しい内容は忘れたけれど。

今日の議会は7日目。
昨日に引き続き、「款別質疑」の続き。
今日は、土木・教育委員会関係と、特別会計、病院などの質疑。

昨日と同じようにいくつかの事業予算委対しての確認や質疑が続きました。

そんな中で、なんだか議会ってのを「あきらめたくなる」ような質疑がありました。昨日も書きましたが、議会の役割って、もう一度、確認した方が良いんじゃないかと思いました。
いったい、なにを引き出したいのか分からない。もっと、その事業についてよい形で遂行できるように確認したり、方向性を聞いたり、もっとよい形で展開できるように、っていうのが基本だと思うけど。さらには、視点に多様性を加える一助になったり。
 でも、違うんです。

たとえば、自分の価値観を訴える、自分の理論を展開する。その相手が、対等に議論できる環境にあるなら、まだ納得もできるけれど、見ていると決してそうではない。かなり真剣に聞いたけど、私は聞きたかった。「何のための質問?」なのか。分からなかった。

もちろん、全部じゃなくてホンの一部だけど。

そして、理解できないことの一因には、私の知識不足と勉強不足があることは事実だけど。でも、かなり、常識的な見方をすれば、不愉快になるような理不尽なやり取りもある。何でもありではないはず。
いつもいろいろと、教えてもらっている先輩議員のひと言が、重かった。「ともすれば、オチイリヤスイ ギインノ セイシツ」

確かに、昨日も書いたけど質疑ってのは「ただす」=「質す」こと。
そして、職員は町の仕事を毎日やっているわけで、その貴重な時間を議会の場で質されることも大切かも知れないけれど、でも、貴重な時間だ。誰にとって?もちろん町民にとってです。質疑が無駄なの?って言われそうだけど、そうではない。質疑は必要!質疑なら。

「あきらめたくなる」って書いたけれど、あきらめない。

さて、病院の予算だけど・・
病院の今年度予算についての詳細は、また、今度書きますが、やはりこのままではいけない。おそらく、町は、病院の問題を見て見ない振りをしている。その、見ないふりってのは、目をそらしているのではなく、心を向けていないような気がする。冷静に考えてみて欲しい。昨年の6月から、町は、病院に対して何をしてきただろう?

医師、医療関係、病院には、他の事業種と同様に、大きなネットワークがある。
医師が発信した情報ももちろんだけれど、発信なんてしていなくても情報を得られる。「内緒だよ」が、じつはその逆の意味になる。
行動しなければ、伝わらない。どんなに思っていたって、発信がなければ、何も伝わらない。当たり前だけれど、町はその当たり前をやってきただろうか?
「医師が来なければ、診療所もやむを得ない」と、トップが言った言葉の重さを、打ち消すには繰り返し発信しなければならない。
それを、誰がやらなければならないのだろう?

方法が分からなければ、素直に学べばいい。そして行動すること。

あきらめない・・ぞ。

明日と明後日、議会はお休み。この5日間、長かったです。
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2010年03月05日

シンプルに・・


「本当はもっとごく普通に真剣に町民の医療を考えてほしかったし、病院の診療体制を立て直して、ごく普通に話し合ったりとか、医者がごくごく当たり前に診療に専念できる状態にしてほしかったんですけれど。」

どうして、それができなくなったんだろう。
本当にできてないのかな?
だれも悪意を持っていない。持つはずもない。

私は、今日、検査で病院に行ってきました。金曜日なので、非常勤の先生でしたが、とても丁寧に説明してくれて、ありがたいな〜と本当にそう思って帰ってきました。午後の内科診療はなく、外来も午前の受付締切近くに行ったためか、患者さんも少なく、たまたま救急の患者さんがいらしたので、時間はかかりましたが。
放射線検査室、CTスキャン、検査室。こんな長い時間、病院にいたのは久しぶりでした。

斜里に来た25年前、3年間、住んでいたのは国保病院前の住宅でした。現在は、国保病院医師の住宅です。木がたくさんあって、そのころ私の背丈ほどだった桜が、大きな木になっています。秘密の花園のように、色々な植物が敷地の中にありました。もちろん、現在は立て替えられた住宅ですが。
長女は網走厚生病院で生まれましたが、母親学級が国保病院の敷地内で行われていたのを覚えています。息子は国保病院で出産しました。息子と一緒の「母子同室」が嬉しかったのを覚えています。

議会に入る前から、時々見ていたホームページは天体写真で見つけたページでした。美しい星雲の写真を斜里の人が写しているんだ〜!検索で「星雲 天体 斜里」でヒットしてきたのが、野津医師のページだったのです。ページの内容が、天体の写真とは違って、大変な様子を綴っているのを、病院は大変なんだろうか?ぐらいにしか思っていなかった自分に反省しています。

2年前に息子が麻疹に罹患し、高熱で40℃を越えて恐くなったとき、病医院に夜走りました。その時、息子を処置してくれたのが、その天体写真の先生だったのです。丁寧に、麻疹のことを説明してくれて、処置してもらいました。保健所への連絡、診療所への対応を指示してもらいました。

本当はだれもが、願っているはず。
今日、重たい雪が降る中、国保病院で「どうすることが?」
「「本当はもっとごく普通に真剣に町民の医療を考えてほしかったし、病院の診療体制を立て直して、ごく普通に話し合ったりとか、医者がごくごく当たり前に診療に専念できる状態にしてほしかったんですけれど。」
と、シンプルな所につながるのだろうか・・と、考えていました。

3月8日月曜日・一般質問は8名。
町も、みんなも、思っていることは同じで、シンプルだと思う。けど。
それを、持って、質問してみます。
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2010年02月17日

町からの情報

皆さんからいただいたコメントを読み直して、おっしゃることは「本当にそうなんだ・・」と思いながらも、議会って、議員って、どうすべきなのか、「悩んで動いてください」と言われて、まったくその通り・・と。で?どうすべきだろうか?

朝起きて、朝食を作りながら考えていたら・・

お〜、新聞の折り込みに「国保病院の4月からの診療体制について」と言うチラシが入っていました。

内容の、なんだかおかしな部分はまた、検証するとして・・

さて、このチラシを配布することって、もちろん下っ端議員の私はまったく知らなかったし、議会の議長、副議長は知っていたのだろうか?さらには、15日か16日にあった(どちらかは忘れたけど・・)斜里町議会のサイダイカイハ(最大会派)の説明会では話があったのだろうか?と思い、聞いてみましたら、正副議長にも会派説明にもチラシの話はなかったそうです。
また、病院に関することも、事務長も町長も不在だったので報告はされない状態で話はなかったとのこと。

これは、昨年の6月に配布されたお知らせチラシと同様です。

では、地域医療協議会ではどうだったかというと、このチラシの内容は示されませんでしたが、チラシを配布するという報告は15日月曜日にあったそうです。

私は、この事を知っていたとか知らなかったと言う小さな部分で、ウジャウジャ言っているのではなく、皆さん誰もが思う「で?こんな状態になるまで議会は何をやってたの?」と言う部分を、恥ずかしながら私も同じように感じています。
これは、おかしい!

今回の国保病院の問題は、町の病院存続という大きな問題を抱えています。

医師を捜すのは町の、病院の役割だから、議会が動いてどうこうできるものではない・・から?
でも、病院運営のために町のお金が繰り出される、その繰り出されたお金がどのように使われるのかは、議会としてチェックすべき役割。
今回の問題は「斜里町国保病院がこれまでの間に、医師の提言、環境、体制について何もしてこなかった」ことが原因とされること、そして医療環境の変化で起こった問題であるとされるなら、その問題を改善するために、どのような取り組みをしようとしているのか、どこを変えたのか?をチェックすることが必要なのではないかしら?

議会が何もできない・・なんて、それは違うと思う。

議会のシステムが、そんな絵に描いた餅のような立場ではないはず。今回の病院問題を「斜里町のせいだ、町長がわるい、とかこれまでの体制が悪い、国の施策が悪い」なんて言ってられない。
できることは、まだまだあるはず。

会派で、正副議長会で担当者がいないから・・なんて理由には納得できないナ・・だって、国保病院の対策チームが動いているはずでしょう。
庁舎内での情報共有はどうなってんだろう。

 キツネ2
 あ・・こっちに気がついたキタキツネ
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2010年02月16日

誰の病院だろ?

ブログには時々、コメントをいただきます。
そのコメントを書いていただくと、「あ・・読んでもらっているんだ」と思います。そして、色々な意見や考え方があるのだと実感します。

他には、斜里をもっと良くするために、色々なことを考えている仲間からも、いつも様々な考え方や意見をいただきます。時には「これはおかしいじゃないか?」とか「こうしたらどうだろう?」というアドバイスもいただきます。

病院の医師の問題(2名のはずが1名しか確定していない)の情報は、まだ町民には知らされていません。
町は、この情報をいつ?どのように町民に知らせるのでしょう?
決して他人事のように言っているつもりはありません。本当に、いつ知らせようとしているのか?分からないのです。

1月27日の町長との病院問題の懇談会では、この町民周知のことについても話されました。町民説明会・あるいはチラシ・そして広報などの方法で早く知らせるべきであると指摘しました。
しかし、それから20日ほど過ぎてもなんのお知らせもありません。

でも、2名の医師体制のはずが1名になってしまった・・つまりこれまでのような体制にはできないから、その方法や対応を整理しなければ「一名になりました」だけでは混乱も考えられるから、体制まで整えて広報しようとしているのかも知れない。とも思う。
でも、「なんで1名になったんだ?」と言う所に問題が集中してしまうことも考えられるから、時系列的に順次情報を周知した方が良いのかも知れない?

情報発信とは、そう考えると難しいことが多いです。

なんで、旭川からの医師が来なくなったのか・・
なんで、内科の先生が辞めてしまうのか・・・・
その「なんで?」の部分が分からなければ、本当の問題解決にはつながらないと思うから、そこを早く皆で考えて取り組まなくてはならないのに。

町長と国保病院の連携は、ほんとうに大丈夫なんだろうか?
「自分(町長)と医師のコミュニケーションが悪かった」と言うけれど、そのコミュニケーションは良くなっているのだろうか?

さっぱり見えない。見えなきゃいけないはずなのに、見えない。
色々な人に会って、色々な話を聞いた。
町が方向性を示したら、見えてくるものもあるはずなのに。
調べて、確認した色々な問題。それを情報発信するにはまた、整理が必要だと思っている。

3月19日が、3月議会を前に行われる「会派説明」
3月23日が、総務文教常任委員会
私は24日の産業厚生常任委員会での病院の問題の取り扱いが気になります。でも、委員会が違うのでメンバーの議員さんに聞くしかできません。その前に、なにかお知らせとかあるだろうか?
 
 キツネ
 寝ていたキタキツネが起きました・・

posted by あとむ at 21:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院

2010年01月29日

医師招へいの話

1月27日、午前10時から「町議会懇談会」がゆめホールで行われました。
この席で、町長は旭川医大関係の医師派遣が、難しくなった、と言う話をされました。前回、このことについて書いたこととほぼ同じ結果でしたが、いくつかの理由を聞くことができました。

司会を務めた議長は、この懇談会が公式な席ではないことから、行政の立場としてオフレコにしてもらいたいことに関しては言って欲しいと言いましたが、町長からは「この件についてはオフレコで」という確認はありませんでした。

ですが、個人的な名前、やり取りに関して私はこのブログで書こうとは思っていません。また、このブログは町の、議会の広報誌でもありません。
斜里町議会で活動する私の考え方、また、議会として関わってやっていること、さらには町のこんなことどうなってんの?と言う問題を発信して、一緒に考えていこうと思っている「場」の一つと捉えています。
1月6日に書いた「町の姿勢って・・」の記事のことだと思いますが、、私が未確定な情報、未決定な情報を書いている・・と、直接ではありませんが町長?に言われた・・ので、言われた方が、内容を確認してくれた、と言うことがありました。確認してくださった方は、なんの問題もない、と判断してくださいました。

私も、読んでいただくと分かりますが、なんの問題もないと思っています。

「情報の発信」は一方的に流しても、受け手がいなければ届きません。また、情報を求める人がいて成立するものです。懇談会の中でもある議員は「勝手に都合の悪い情報を出してもいいのか?」とおっしゃっていましたが、「都合の悪い情報」「都合の良い情報」を区別することは結局は「誘導」になりかねません。
流動的な部分の考慮はすべきですが、正確に伝える姿勢は重要です。

今回の懇談会の前に、地域医療協議会の席でも、また他の席でも今回の医師招へいの話は町長自らされていたそうです。
それも、また、議長は議会に対しての対応を批判されていました。私もその通りだと思いました。議員の立場が、与党と言われる議員だけで構成されてはいないのですから、こんな一ヶ月以上も経って、それも議会からの再三の申し入れで開かれた懇談会であること事態が問題だとも思いました。

これまでは、「関係者からの話」によりますとの情報が、町長から直接聞けただけでも良かったとは思いますが、これが我が町の「情報発信」の現状です。

で、結果、旭川医大関係からの医師招へいは、断念しなくてはならないと思っている、こと。そしてもう一名の東京から来てくださる医師は、旭川からの派遣があることが前提で来てくれることになっていたが、お話ししてお願いしたところ、来てくださることで変更はないと、町長はおっしゃいました。
そして、この懇談会の翌日に、町長は東京へ出向き、再確認をされ、正式に4月からの派遣が決定したそうです。

良かったです。

現在の内科医の野津医師は3月23日で退職されるそうです。
そして、東京からいらっしゃる内科医の合地医師は4月5日より赴任とのこと。この間の体制、さらには4月から最悪、常勤医師の一名の勤務になる内科診療を踏まえた斜里町国保病院の医療環境について体制を作っていかなければならないはずです。

私たち、町民の病院に対する意識も、地域医医療協議会で議論されるように変わっていかなければならない現状です。そのためにも、しっかりした情報を発信して取り組んで行かなくてはなりません。

昨年の10月の広報、それ以降の様々な情報発信、そして12月の新聞記事など、町が出してきた情報はたくさんありました。今回の結果を、町はどのように情報として町民にお知らせするのでしょう?

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 1月27日・前日にも見えましたが・・今年の流氷

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2010年01月06日

町の姿勢って・・

結果オーライだったら・・それで良いのだろうか?と言われたら、必ずしも「結果」は固定的なものではないわけだから・・良しとは言えないと思う。
だったら、なにをもって「良し」というのか?

私は12月議会が終わったときに、議会での質問や確認したことについて、このブログに書いてきました。12月議会がおわり
その中で、「一名は旭川医科大学の学長さんが紹介してくれる方で、この紹介してくださる方の詳細については12月21日に旭川へ行って確認してくるそうです。」と書きました。
その12月21日の確認がどうなったのか?について、議会としては報告をまだ受けていません。
でも、様々なところからの話で、どうやらこの旭川医大関係の一名の医師の派遣は、ダメかも知れないと言うのです。私は、実はこの話を12月23日に聞きました。その後、何名かの議員さんや関係する方からも話を聞きました。
でも、まだ町から報告はないのではっきりしていない・・と言う意味でずっと待ってきましたが、なんでも町長はご自身の後援会の会合の席で、「21日に行って話をしてきたがダメになった・・」と報告をされたそうです。

でも、あきらめた訳ではないので、再度、町長はじめ事務長ほか今度はもっとメンバーも増やしてお願いに行くそうです。

病院の問題では対策本部も設置されて動いていたはずですが・・この対策本部でこの問題は対策が取られての動きなのでしょうか?

年末からお正月にかけて病院の話が出るたびに、「でも、とりあえず2名は決まったから良かったよね」と言う話になったときに私は「どうしたものか」考えていましたが・・町長が自ら話していたんだったら・・本当なんだろうな・・と。

旭川医大の話は・・そもそも「どんな内容だったんだろう」
なにか派遣してもらうにあたって「条件」があったんだろうか?
受け入れる体制に問題があったのだろうか?8月に話があってから、旭川医大には何度くらい足を運んだのだろう?

そして、12月21日には町長は旭川医大から医師派遣はダメになった理由をなんて言われたんだろう?寝耳に水?みたいな話だったんだろうか?

交渉って、すべてをオープンにする必要はないと思う。でも、それは交渉という行為の中のことであって、交渉という行動自体がなかったのなら・・それは、条件整備もなかったということで、交渉とは言わないですよね。

なんで?なんで議会でも報告していることの結果について、議会に報告がないのだろう?対策本部ってのは緊急を要するもので、だから対策を講じる場所でしょう?23日は祝日だとしても・・なんで30日までの間に、町は何をやってきたの?
なにか動いているのだろうか?

今日は消防の出初め式。
町長は町民の安全を守る消防団の活躍を期待すると言ったけれど、私は、何が何だか分からなくなりそうだった。町の姿勢って、誰の姿勢?なんだろう。

 まとい2010
 まとい振り・・とても重いのに華麗に回すのがすごい!
posted by あとむ at 23:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院

2009年12月25日

できる、できない

12月議会で、国保病院のことについて補正予算の中でも質問をさせてもらいました。
私は、昔からの議会仲間でもないし、幼なじみでもない、そして質問するのに「真綿にくるむ」ことも「遠回りして」聞くことも必要ないと思っています。

今回の議会では、他の議員の方に「聞き方がきついね〜」と言われました。同時に、傍聴にいらしていた方には「聞き方がまだまだ、なまっちょろい!」とも言われました。
この、両者の感想はまるで正反対です。(もちろん、質問の未熟さはありますが・・)結局、どちらの目線なのか、と言う事です。

普段、日常の自分のお付き合いでは、もちろん「そうは言っても」とか「わかってる」と言う部分、そして曖昧な感覚も持ちながら生活しています。しかし、議会って?
議会って何でしょう?

国保病院に関することで言えば、やはり6月の問題が表面化してから、めまぐるく慌ただし時間を過ごしたのかも知れません。でも、今回、一般質問、補正予算関連で質問したことを整理してみると、町は何もしていない、これが良くわかりました。
と言うか、していないのではなく「できない」のかも知れない。
病院の運営、経営は確かに難しく、専門的な経験も企画も外交も判断も求められると思います。
お医者さんを探してくることなど、私にはできません。
できることは何だろう?と考えると、つまりは・・自分の町に誇りを持って、自信を持って行くことに突き当たります。

できること、できないことが、たくさんの人が集まりそれぞれの役割分担をすることで、結果は「できること」になるはず。そのために、できること、できないことの判断が必要です。できないのに、できるつもりでいること、できないのに、できないことにも気がついていないことだって考えられます。
その判断の一番が、情報の公開です。

できる、できないを身内の馴れ合いだけで判断していたら・・とんでもないことになりかねません。
今一度、考えませんか?国保病院のこと、私たちにできること。

 ぼだいじゅ
 菩提樹の並木・ピョートル宮殿

そう、今夜はクリスマス。クリスチャンではないけれど、大勢の人がこの日に、それぞれに「何かを見つめて」祈る人もいる、おめでとうと言う人もいる、家族で集う人もいる、そんな日には一人でも多くの人に聞いて欲しい曲。
Happy Xmas
聞くこと、思うことも、できることにつながりますよね。

posted by あとむ at 20:49| Comment(6) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院

2009年12月13日

地域医療講演会?・・

先日から何回かチラシが入っていました。新聞でも呼びかけをしていました。
12月12日・午後6時から産業会館での講演会。

行かれた方はいらっしゃいますか?

さて、呼びかけの内容は、たとえば北海道新聞では、「〜医師が地域医療を語る講演会を開く。〜町が医師招へい活動中に知り合った縁から、糖尿病など生活習慣予防や、地域医療の課題や現状などについて語ってもらう。」と書いてありました。

チラシも

地域医療講演会
・なぜ医療崩壊は起きているの?
・いま住民にできることは?
・生活習慣病を防ぐには?
と言うサブタイトルがあり、
テーマは
「地域医療の課題と生活習慣病の予防」でした。

産業会館にはたくさんの人が来ていた。先日の基本条例の研修会よりも役場の職員の数は多いくらい。そして町の人達もたくさん来ていました。

何度も聞きますが、行かれた方は?

私は正直、驚きました。
きっと、講演内容の打ち合わせはしていなかったのか、それとも初めからそんな話ではなかったのか・・とにかく、糖尿病の権威である後藤医師は、ほんの8分ほど「斜里町にお医者さんが来ない理由は、たくさんいる医師が研究者になっていることで、現場の医師が足りない。今は、大変だろうけれど、辛抱して、お医者さんが見つかったときには、町民みんなが医師に感謝して大事に接すること・・・」という話をして、「さて、前置きはこれくらいにして・・」と、生活習慣病の話を始められました。腹部のはかり方、食生活、運動、そして女性に糖尿病が近年増えたのは・・以前のようにコルセットで体を締め付けなくなり、たくさんご飯を食べるようになったから・・?など、なかなか「へ〜〜〜っ?」という話を聞き、お話が終わったのは午後7時ちょうどでした。
6時から始まり、病院事務長の挨拶、町長の挨拶で始まった「講演会」は50分ほどで終わりました。

質疑の時間になったときに、「この講演会は何のために開催したのか?」と言う質問があり、私も心の中では「同じ事聞きたい」と思っていました・・が、講演者を前に失礼だとも思いました。(ドキドキ・・し〜〜んという雰囲気の会場・・・)
すると、町長が「先生は大変権威のある方で、お弟子さんもたくさんいらっしゃるので、今後のことを考えて、つながりを作るために、こうして来てもらった」と答えました。
その後の質問と、回答は余りかみ合うこともなく・・このような現状(医師が不足して)地方が困っている、どうすれば?と言う質問には「みんなが困っていると厚生労働省に声をあげなさい、新聞に投稿もしなさい」と。

今回、集まった人達は、本当に真剣にチラシにあった「地域医療の課題」をなんとかしなければ!と考えて集まった人達だと思います。
「前置き」にされてしまった「地域医療」で良いはずがありません。

町長も、本当に苦労して、斜里町に来てくれる医師を捜してきました。
最初の挨拶の中で、旭川医大で探してくれて、4月から赴任してくれる医師と、もう一名、東京から一名の医師が来てくれると手を挙げてくれた、との報告がありました。
良かったと思います。

だから、なおさら、私たちは斜里町の地域医療、あるいは自分たちに出来ることを考えているはずです。同じような失敗をしないためにも。

今回の「地域医療講演会」テーマ・地域医療の課題と生活習慣病の予防」
この講演料は30万円
旅費については(2名分)で35万円
と言う金額が補正予算に計上されています。

私のこのブログには毎日のように「斜里町 医療崩壊」という検索で数名の方がやって来られます。私自身、医療崩壊という言葉を使ったことはないのですが、今回の講演会を主催した斜里町と国保病院。危機管理がなっていないと、先日 自治会連合会でも叱られたばかりですが、かなり心細さを感じながら、ウトロまでの45分、雨の中を運転して帰りました。

みなさん、聞きに行かれた方は、どう思いましたか?
 
 宮古波
 波が碧く透けています。あ〜寒くなりますね。

posted by あとむ at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院

2009年11月28日

臨時議会で病院のこと

議会では、なんでも質問したり、議論したりできると思っていましたが・・実は、そうではないのです。基本的には、その議会の議案審議が基本ですから、議案に関連した質問以外は出来ません。
たとえば、議長が「他に何でも良いですから何かありませんか?」なんて聞いてはくれません。ですから、質問したいときは一般質問で。

それでも、質問したいときはがんばって「関連」するきっかけを探します。先輩議員諸氏は(積極的に質問する人ですが・・)「〜あ〜、ここから来た・・」と思うような所を糸口にします。

今、臨時議会では台風被害の専決処分、ゴミ処理場のベルトコンベアの故障の専決、そして昨日も書きました財産取得、そして特別職、役場職員の給与削減についての条例改正でしたが、その中には特別会計(水道や病院)も含まれていました。

そこで、町長の町政報告にもあった、今回の12月からの診療体制についての質問が出されました。
非常勤医師ががんばって日中の診療体制を維持していくシフトですが、そのお知らせの前段の文章について、現状はどうなっているのか質問が出されました。

何度読んでも、6月のチラシもそうでしたが、この病院の設置責任者はいったい誰なの?と感じませんか?
なぜ、転院、他の病院への紹介予定が遅れたのか、「〜予定でありましたが、網走医師会や病院等への要請、協議の遅れなどにより・・」と書いていますが、どうして遅れたのでしょう?担当する人員がいなかったのでしょうか?患者さんの調査が遅れたのでしょうか?
もう一度、冷静にあのチラシを読んでみてください。

それは、今回のこの問題(医師が足りないのに何もせずに、結果、この状態になることを分かっていたのに何もせず、6月に医師がいないからこうなります・・)に限らず、野津医師が辞表を出し、バタバタして、今回も一名の医師が4月から来てくれる・・と言うことでなんとなく「よかった」感で、でも実は何も変わらない状態で、12月からとりあえずの体制をとって町民には「〜予定だったのに〜出来ない結果となりました」と伝えるだけ。
町は何をしてきたのでしょう?

この現状はこれまでと何ら変わらないのではないかという質問に、「12月からこの体制だけど4月にはなんとか内科医3名体制でスタートしたい」と答えた町長。

しかし、町民説明会で「野津医師の慰留に全力を注ぐ」と言った町長は、その後、どうやって慰留に努めたのか?との質問には「野津医師の3月以降の動きについて風の噂で耳に入ったので・・そのことを考えると遠慮した方が良いのではと思い、一度だけ行ったがその後はやめている」と答えた町長。

誰もが、首をかしげ・・その矛盾した回答に「はてな?」と思ったのは私だけではないでしょう。「3名の体制ってのは、じゃ、なんなの?」

野津先生が何故、やめることになったのか?
こんなに大変な病院、もうイヤだ!と言うなら、もうすでに辞めているでしょう。でも、一名の常勤体制になっても救急患者は受け入れ、自分の患者さんの診療も続けているのです。
医師が、これまでずっと続けてきた町への提言、12月には一名体制になることの町民への周知とその対応も、町が積極的に動いたわけではなく、医師が提言し町を促してきたと言う状態が、過酷な勤務以上に「異常な体制」だと言えるのではないでしょうか。

斜里町の医療体制をどう考えるのか?それを打ち出すのは町の仕事です。
自分たちの病院の医療方針を明確にしなければ、これから勤務する医師にとっても、これまでと同じような問題を抱えることになるかも知れない。

6月のチラシ以降、動きかけた全体の流れも、なんとなく過ぎてしまった感がある中、町は「やることはやっている」「一生懸命やっている」と繰り返します。
医師が見つかれば問題はない、それで解決と言う対応に、大きな社会問題として覆い被さる現状だけではない、さらに大きな斜里町の問題が加わっていると思います。

住民公募のメンバーも加わり構成されている「斜里町地域医療協議会」の会合が何度か積極的に開催されています。流されてしまうような組織ではなく、本当にいまこの町の医療環境に何が必要なのか、真剣に議論されているようです。

相変わらず・・「議会はだめだ〜、なんもしてない」と言われ歯がゆい思いをしています。担当委員会ではないので、さらに情報はなく、担当委員会の動きも余り聞こえてきません。本当に・・私が言うのもなんですが・・議会も何をやっているのでしょう。

チラシにある「新規入院患者停止中の現在も50人程度が入院している状況です」と書かれた家族の方や、ご本人はどんな気持ちだろう。
何もかもが、後手後手・・で責任のたらい回し。

なんとかしなきゃ。

 宮古蝶
 まだ、名前を調べていないシジミチョウ・・ナンダロ?
 「アマミナミウラシジミ」らしい・・


posted by あとむ at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院

2009年11月12日

網走で講演会です

「こんなに雪が積もってね〜」と電話で話をしていたら・・相手は「・・・」あれ?おかしいな〜と思っていたら、積もっていたのはウトロだけ。しかも、昨日と今日は・・ウトロでも高原と香川地区?だけかな?
と言う、お天気でした。

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 ハートの虫食い・大根の葉っぱ

さて、タイトルにあるように網走のエコーセンターで
「地域医療を守るために市民にできることはなにかー」をテーマにした講演会・シンポジウムが開催されます。

11月18日午後6時30分から

医療機関・消防・住民・行政の代表がそれぞれの立場から議論し合う場もあるそうです。また、講演につても意思の立場、救急担当者の立場、小児救急の現状と今後についてなど盛りだくさんの内容です。
この、シンポジウムに、斜里町国保病院の存続を考える会の会長(上西康公氏)が、発言者として参加されます。

あいにく、わたしは私用で参加できないのですが、参加できる方は是非、話を聞いてきてください。

この開催は斜里町では知っているのでしょうか?
ぜひ、斜里からですと40分くらいの時間です。我が町のこの現状を考えて、積極的に参加して欲しいですし、斜里町でもこれくらい現場に即したシンポジウムを開催して欲しいと思います。遠いところからではなく・・現場の声を聞かせてもらう事が自分たちの町の医療環境を考える大きなきっかけになるはずです。

行くことのできない私が言うのもなんですが・・
是非、皆さん参加してください。そして、その感想を聞かせてくださいね。
posted by あとむ at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院

2009年11月08日

住民参加の協議会は・・

11月6日・町が言っていた「協議会」が開催された。
この協議会に至るまでの経過、議会では具体的な報告はなにもない。あ・・協議会が開催されたという報告を言っているのではなく、この協議会の目的や、やるべき事、やって欲しいことについて、あるいは運営委員会との役割分担、さらに庁舎内のどことどこが参加していくのか・・など。
つまり、設置者である斜里町は、この協議会に何をやって欲しいのか・・・が見えてこない。こなかった。

病院の問題に関しては、町民からも様々な問題が指摘された。
わたしは、この協議会をぜひ、町の今後の医療環境の安定のための「サポーター」にして貰いたいと思っているし、そうすべきだと思う。

余計なことかも知れないけれど・・
町は、表向きは「協働」という言葉を連発しているけれど、おそらくは「協働」を「利用させていただく」あるいは「おまかせ」的にしか捉えていないと思う。ひどく、想像力がない行政・・というか、行政トップだと思う。
叱られるかもしれないけれど、ひどく古くさい。
そんな、理事者に振り回される職員は気の毒。能力のある職員、本音も言えない。言ったらまずい・・とか言うレベルではなく、言っても理解できない・・らしい。だから、「わかってないんじゃないか」

話を戻して・・斜里町地域医療協議会はどうだったのか。
参加された2名の方から電話をいただいた。
「どうでした?」という問いかけに「協議会で勝手にやってちょうだいって・・」と言う言葉が出てきて、その後、いくつかの質問をしたけれど「あれ〜?」と感じた。
もう一人の方も、同じような、力の抜けた感じ。
詳しくわかりたいから・・もう少し具体的に、これからどうやって進めていくのか、聞いてみたい。
そもそも・・話し合われた、聞かせていただいた「声」や「意見」や「提言」は誰が、どう受け止めて「活きる意見」「活きる提言」にしていくのだろう。

病院の設置者は何をこの協議会に求めているのだろうか?
始まりはそこだと思うのだけれども。
聞きたい!
何故、この協議会を設置することにしたの?誰が、設置したの?と・・・・

 北緯60度・シラカバ
 北緯60度のシラカバ(ダケカンバかな?)


posted by あとむ at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 斜里町国保病院