2011年09月11日

震災から半年すぎて・・・

3月11日、議会最中に揺れたその地震が、これほど大きな被害になるなんて思いもしませんでした。議員控え室のテレビはヘリコプターで仙台市の名取地区を遅う津波の様子を写し出していました。
その映像が、現実に起こっているとは信じられず、震えが止まりませんでした。
そして、福島の原子力発電所の事故です。

私は、原子力発電所が、日本国内に54基も設置されていたことを初めて知りました。私の記憶には泊、東海村、もんじゅ、浜岡・・よく聞く所しか知りませんでした。しかし、原子力発電には反対していたにもかかわらずです。
「もう仕方ないんだ」と言う人がいますが、私はそうは思いません。今なら、まだ、間に合うはずです。
しかし、現在稼働している原子力発電所を止めたとしても、そこで使われている核燃料の処理については、その処理方法はできていないのです。地中深く埋める?密閉して保存しておく。そんな危険な状態を続けなければならないのです。

こどもたちの未来、彼らが大人になったとき、私たちはこの豊かな青い星を遺しておかなくてはなりません。

福島在住の知り合いから、ハガキが届きました。毎年、美味しい桃を送ってくれますが、今年はその桃も送れないと。そして、自分で購入した放射能測定器で庭の線量を測り、その数値を見て、とても庭作業をする気持ちにはなれないと書いてありました。
医師である彼女からのハガキを手にして、見えないものへの恐怖に、これまでの日常生活を一変させた今回の事故の重大さを考えました。

今日、新聞の折り込みに「傍聴にお越しください」のお知らせが入っていました。一般質問は6名となっています。

さて、私の3項目目の質問は、「命のバトンを早く実施しましょう」というもの。
実は、命のバトンは、以前、馬場町長が議員だった時に一般質問したものです。国保病院の医師招へい活動のころの質問でした。もしかしたら、国保病院がなくなってしまうかもしれない?!突然、聞かされた問題に、なんとかしなければ・・と、皆が動きました。
正直、私もそれまでは、国保病院はあって当たり前、医師不足の話は耳にするけれど、日本中で医師不足、町にも医師が来ない・・なぜ、そんな状況なのか、そして、他の地域ではどんなことをして、地域医療を守っているのだろう?知らなかった、問題として向き合ってこなかった自分に反省しました。そんな時に知った「命のバトン」でした。

今では全国各地で取り組んでいます。まだまだ、医師不足は深刻な問題です。緊急性はなくなっても、私たちは街の医療環境に対して、自分たちでできることに取り組んで行かなくてはなりませんし、現状を知っていかなければなりません。
命のバトンを作製するときには、地域の人達、保健福祉、地域の民生委員、そして国保病院の先生の指導で作ることが大切だと思うのです。・・・と言う質問です。きっと、すでに準備は始まってるのだろうという期待も込めて質問します。

今日、11日。14番目の月の夜。明日は満月です。
水を飲む、空気が美味しいと思える、四季の移ろいを愛でながら生活できることのありがたさを、あらためて実感します。

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 7月11日の・ローゼンドルフ・シュパーリースホープ 
posted by あとむ at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 議員活動
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