2011年04月04日

放射能は人災だから・・

3月11日の地震、津波は天災。本当にむごい自然の驚異だったと思います。そして東京電力の原子力発電所の事故は天災ではありません。
今日の夜のニュースでタバコ農家の人が、「放射能は天災じゃない、人災だから」と言っていました。

数年前、出光の重油タンクが3日間燃え続けている映像を見ていました。千葉で化学物質の工場が火災になった時も、燃え続けていました。「手がつけられない状態」と、言いながらも、延焼を防いだり、消火活動を行ったり、大変ながらも手に負えるものだったと思います。

今日は、とうとう「低レベルの汚染された水を海に放水する」処置が始まったと、ニュースが流れました。
これが、原子力ではないものの事故であるなら、これだけ時間をかけて、これだけの犠牲を出して、収束できないことはないはずです。しかし、原子力は人の手に負えないものです。今後の収束に数ヶ月と言っているように、とりあえず、最悪の状況を避けるために数ヶ月かかるという予測です。でも、その間、放射能は飛散します。そしれ、そこに生活する人にはずっと降りかかります。濃度の差はあるにしても、もう、すでに3週間以上は降り積もっているのです。人の遺伝子細胞をも破壊すると言う放射能は、単一の成分ではありません。
命は尊いものです。なににも替えがたいものです。

原子力発電を推進している日本です。安全と言われ、安全と言い続けてきた日本で、これだけ大きな事故が起きたこと。しかも、安全という根拠はないに等しい事実が次々と出てきました。今、この大変なときに「脱原発」を論じている場合ではない、と言う意見もありますが、そうでしょうか。もう、多くの人達が、この原子力発電の恐ろしさを知ったと思います。それでも、大きな利権に逆らうことは無理なのでしょうか。九州の友人は、もう、こんな状況になっても、こんなに真実を見せつけられても、方向を変えない、変わらないなら、祈るしかないですね。と、言います。

「すぐに体に影響の出るものではない」と、まだ、言い続ける国とマスコミ。
ロシアで、チェルノブイリの恐ろしさを地元の人から聞きました。「チェルノブイリ事故は20年以上昔の話だけど、僕の友人はもう、生きる望みを捨てて死を待っているし、その子どももガンなんだよ。チェルノブイリは終わっていない。」
水俣病も同じです。あの、魚を、あの水を飲んでいてもすぐには体に影響はなかった。

地震、津内の被災地は、今、復興にむけた取り組みが始まっています。前へ、動いています。

しかし、原子力発電所の事故は、どんどん良くない方向へ行っています。危機管理、危機判断をどうするのか、人の命は尊いものです。命を救う事を一番に考えてほしい。
きっと、毎日、報道される、あの双葉町の発電所を中心に描かれる半径30km、その回りの地域を見るたびに、誰もが不安となんとかできないものだろうか?という、やるせない思いを持っているのだと思う。

変わるときなのに。日本。
原子力発電所の事故は、間違ってはいけない。人災なのです。いまこそ、しっかり考えるときです。
posted by あとむ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | まちづくり