2010年03月18日

3月議会で その3

昨日、国保病院に行ってきました。
ツベルクリン反応検査のためです。結果は48時間後。細い注射針で、左腕の内側にチクリ!ぷーんと小さく膨れあがって「あ〜これは、小学生の時?だったか学校でやったじゃないか〜」と看護婦さんに話しかけていたら・・「場所が分からなくなってしまったりすると困るから・・」と良いながらボールペンで◎を直径6cmくらいの・・◎を書かれてしまいました。
その、ボールペンの線が、先程から髪の毛がついているように見えたり、腕まくりをすると「ぎょっ!」っとしたりで、気になることしきり。

内科診察室の前には、今週の診療担当の医師の名前が張り出されていました。
野津医師の診療は18日で終了しますという張り紙もあり、さらには、他の病院からの紹介状を持って国保病院へいらしても受付はできない・・と言う張り紙、そして、4月から常勤医師が1名体制になったけれど、非常勤医師、外科医師で協力体制をとってやっていくこと・・などのお知らせがありました。

3月議会の総括質疑の3点目は、国保病院について町の対応、対策に関して質問しました。

3・国保病院対策本部の機能は?
町長は、私の一般質問の医療計画を早く作るべきでは?と言う質問に対し、対策本部で話し合いながら対応している・・と言いましたが、この対策本部、昨年の8月末頃に設置され、職員、病院職員、医師などのメンバーで構成されていましたが、さて、それから何回くらい開催されたのか?そこで、どのようなことが確認され、それが、今回の新年度予算にどんな形で反映されたのか?を聞きました。

ナント、開催は今までに2回。しかも、2回目は(一回目の報告は9月に受けているので・・)医師や病院スタッフは入っていなかった・・。
そこで、いったい何を話したというのでしょう?

行政政策会議の中でも病院のことは話題にしている・・病院は院内会議が開催され、その報告を事務長から受けている・・とのことです。が、これって、これまでとどこが違っているのでしょう?このようなバラバラな状況で、しかも病院は病院に的な対応が決して良い状態ではなく、緊急を要する対応が必要だったからの対策本部のはずです。

なんのための、対策本部だったのでしょう。「緊急の状況で設置したものだから」と言いますが、私は今現在も国保病院は緊急の状態であり、大きな危機感を今も感じています。医師招へいの様々な情報が、正確に町長や担当者が共通の情報として共有できる環境にあるとは言い難く、「ま・・なんとか医師一人でやっていってもらおうか〜」と言う雰囲気さえ感じます。
来年度の予算で、病院の会計には一般財源から4億円の繰り出しが行われます。しかし、その4億円を出したとしても大きな赤字が予想され、おそらくこのままでは5億以上になるでしょう。

やってみなければ分からない・・ではなく、あらゆる状況を想定してその対応を検討しなければならないはずです。誰のために?もちろん、患者さんのためにです。
病院は誰のものでしょう?
私たちの町の病院は誰のものであるべきでしょう。

今議会では他にも国保病院の問題に関して、様々な質問が出されました。
大変多くの傍聴の方々もいらっしゃいました。
病院を運営する努力、工夫、対応が見えません。4月になって新年度。何かが変わるのでしょうか。
 
 五湖
 知床五湖の高架木道はこの木の所まで延長です

posted by あとむ at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 議員活動